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納豆の起源は滋賀県だった!?

納豆の起源には諸説ありますが、実は聖徳太子が、滋賀県が納豆の起源だ、という説もあることをご存じでしょうか。

納豆の起源には諸説ありますが、実は聖徳太子が、滋賀県が納豆の起源だ、という説もあることをご存じでしょうか。

聖徳太子の愛馬のエサがきっかけに

横溝北の笑堂という名前のため池の堤下にあった松の木に聖徳太子が愛馬をつなぎ飼葉(エサのこと)を与えていて、このとき与えていたエサの豆から納豆ができた、というのが納豆の起源というものです。

横溝北の笑堂があったと思われる場所には、今は宅地開発等が進み、ため池はありませんし、聖徳太子の愛馬をつないでいた松の木も残ってはいません。
今は当時の面影は何一つ残っていませんし、ここで納豆が生まれたかもしれない、という痕跡もありません。

滋賀県は鮒ずしが有名ですが、納豆の起源が本当に滋賀県にあったとしたら面白いですね。

横溝北の笑堂があったと思われる場所は、東近江市立湖東図書館の西側にある213号線と216号線の交差点あたりです。
この交差点に立ち聖徳太子がいたことに、納豆がうまれたことに、想像をめぐらせてみてはいかがでしょうか。

こぼれ話

東近江市は聖徳太子にゆかりある場所が、横溝北の笑堂以外にもたくさんあります。
近江七福神の市神神社に伝わる話では、聖徳太子が四天王寺を建立するさいに、白鹿山の東の麓でつくった数千万もの瓦を難波津(昔の大阪湾の港)に運んだそうで、瓦屋寺を創建し民家を数百戸置き交易の方法を教えたと、されています。
市神神社にはりっぱな太子像がございます。