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内湖とつながる生活が残る伊庭

滋賀県は、発酵食品の製造のために欠かせない水がとても豊かです。滋賀県で水といえば、びわ湖がまっ先に思い浮かびますが、滋賀県には内湖というものがあり、東近江市にある伊庭では、内湖とともに発展してきた水郷集落の面影を今も見ることができます。

滋賀県は、発酵食品の製造のために欠かせない水がとても豊かです。
滋賀県で水といえば、びわ湖がまっ先に思い浮かびますが、滋賀県には内湖というものがあり、東近江市にある伊庭では、内湖とともに発展してきた水郷集落の面影を今も見ることができます。

内湖って何だ?

内湖とは琵琶湖より内陸にあり琵琶湖と水路などでつながっている水域のことで、その名のとおり湖があります。
近江八幡市にある西の湖は現在残っている最大の内湖になります。
今でこそ10か所しか残っていませんが、1940年ごろには37か所も内湖はあったそうです。
河川改修や湖岸提の建設等で内湖の姿は変わってきました。

琵琶湖よりも栄養が豊富で魚など多くの生き物がすんでいるところも多く、昔から漁業、農業や物資の運搬などに利用され、生活と密に接していたのが内湖なのです。
今回紹介する伊庭は伊庭内湖と水路でつながっています。

伊庭の水辺景観

伊庭の水辺景観は「日本遺産―琵琶湖とその水辺景観」のひとつに選定されています。
実際に足を運ぶと、集落内を縦横に流れる水路沿いに家々から川におりる石段(カワト)を見ることができます。

水路を流れる水は、伊庭川から集落内に導かれていて、鈴鹿山地を源流とする豊富な伏流水が瓜生川、伊庭川となり伊庭内湖に流れ込んでいます。

水は透き通っていて、それほど冷たくありません。
かつて生活になくてはならなかった水路は今では昔ほどの役割はなくなっているでしょうが、水を汚さずに知恵と工夫で水とともに生活をされていたことを今も感じることができます。

かつては大きな街だった

伊庭という場所は、かつては滋賀県を代表する都市につぎ県内有数の大集落(滋賀県物産誌、1880年)でした。
大集落を支えたのがインフラとしての川であり水路です。
水路のいくつかは街の近代化にともない埋め立てられてしまいましたが、今もその骨格は残っています。

明治初期には1軒に1艇(滋賀県物産誌、1878年)舟があり、水田への移動や内湖への移動に活用していたそうです。